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「Will You Dance」

歌っているジャニス・イアンは昭和育ちの方なら、ひと時ですが、国民的に知られたくらいの知名度があったはずです。というか、多分表題の歌を直接聴けば、「ああ、この歌知ってる」と思う方が多いのではないかと思います。

1977年に発売された曲で、「岸辺のアルバム」というドラマに主題歌になったからです。
このドラマの内容と妙にマッチした、美しく静かなメロディーなのに、でもある意味心の中まで踏み込まれたように感じる切ないメロディーということもあり、さらにドラマ自体の特異性もあり日本では大ヒットしました。ですので「誰が歌っていた、とか何という曲?」ということは知らない方もいるかもしれません。

ジャニス・イアンは元から米国では著名なシンガーで、当時一番ヒット曲として有名だったのは「ラブイズブラインド(恋は盲目)」という曲だったと思います。少し哀愁を帯びた曲でしたが、これも世界的なヒット曲になったと思います。

ところがなぜ表題の曲なのかというと、日本で一般的な、洋楽ファン以外の一般的な国民にこの人の曲が知れ渡ったのは前述の理由で「ウィル・ユー・ダンス」だったからです。

なぜそんなにヒットして知れ渡ったのか?
実は私もその話は身近な話でした。

また個人的な「ごたく」になりますが、私が埼玉県から東京都の府中市に引っ越してきたのは1974年の8月でした。
場所は府中の中河原という駅から歩いて15分くらいの多摩川まで数十メートルというところでした。
ちょうど8月末日~9月1日くらいに大きな台風が襲来して、東京都など関東地方も大きな影響を受けました。
特に大雨がすごくて、多摩川上流もとんでもない雨量を記録しました。
今でもよくありますが、普段は川幅の半分もない水量が、一気に川幅いっぱいまで広がるくらい増水しました。
さらに悪いことに上流の小河内ダム(奥多摩湖)が放水を始めました。
すると川はさらに増水して、私たちも土手まで見に行きましたが、とんでもない濁流が川幅いっぱいに広がり、恐怖を感じるような状況でした。その時です。少し下流の狛江市でついに多摩川が決壊して、家が少なくとも15軒以上流されてしまいました。
近年もこのように多摩川の決壊はありましたが、この時は本当に土手沿いの住宅地の一部を川がえぐり取るような大きな決壊になりました。当時は大きなニュースになり、家が次々に流されていく映像が全国に生放送で放映されました。

私はちょうど新学期で、しかも転校生としてやはり川沿いの小学校に行きましたが、実際は世間や周りの空気はそれどころではないくらいの騒ぎになりました。

この災害は1974年ですが、その後TBSが1977年に脚本家の山田太一が新聞に連載していた小説をドラマ化たのが「岸辺のアルバム」です。内容的には夜のドラマによくある「色恋沙汰→家庭崩壊寸前」みたいな話だったと思いますが、この主人公の家庭は、数年前の狛江の水害同様に、家が流されてしまった被害者の家族という設定でした。

当時私はまだ中学生だったので、内容の色恋沙汰にはほとんど興味はありませんでしたが、この舞台設定はきわめて心に残りました。しかもその設定があまりにもリアルで、当時の状況をこくめいにおぼえていた私も、「ここまでできるんだ」と思うほどでした。正確に憶えていませんが、たしか当時21時まで他の番組を見ていて、その後に偶然にこの番組をやっているのを知りましたが、結構見入ってしまいました。

そしてそのドラマの主題歌が表題の「ウィル・ユー・ダンス」でした。
私は当時洋楽はわりと好きだったのでジャニス・イアンは承知していましたが、彼女の中でも結構違和感を感じるくらいの力作に感じました。そして最初に記載したように、このドラマの設定が、あまりにこの曲とマッチしていて、ある意味このドラマはこの曲とセットで考えるくらいの存在感でした。

皆、同じように感じたのでしょうか?
あれよあれよという間に知れ渡り、国内では洋楽としては珍しい国民的なヒットになったのを憶えています。

最近NHKのアナザーストーリーズでこの「狛江の水害」と「岸辺のアルバム」のことを特集して放映していました。またそれにも見入ってしまいました。
ちょうど少年時代に、自分が東京に引っ越してきたばかりに起きた、身近でセンセーショナルな大災害で、ドラマや曲もセットで忘れられない記憶のひとつです。

この楽曲に対する名曲という評価はすべて個人的な感性によるものです。当方は専門家でもなく、また好みや嗜好は個人差があることをご承知おきください。

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